蔡李佛拳(さいりふつけん、広東語:Choi Lei Fut、チョイ レイ ファット)は過去30年以上に渡って世界中に広まり、アジアの外で最も練習されているカンフーである。英文での略称はチョリファー。
イギリス植民地時代の香港において1960年代?1970年代にその名を知られるようになった。当時の香港は文化大革命の弾圧を免れるために中国全土から名だたる武術家が集まるようになっていた。そして、当時の香港の武術家達の間では門派同士の果し合い「屋上試合」が盛んに行われていた。かの有名なブルース・リーも屋上試合の参加者の一人であった。当時の彼は詠春拳を取得しており、格闘スタイルの異なる門派同士で戦っていた。ブルース・リーは蔡李佛を評して「大勢の敵と戦うのに最も効果的なスタイルである」という言葉を残している。
蔡李佛は滑らかな円を描くような動きと柔軟なフットワーク、それに加えて早いスピードと破壊的なパワーが特徴的である。
このスタイルは力強さに頼らず体の内側からの意思と、外へ力の組み合わせ、パワーを賢く使う事を強調している。人々が魅了される理由は大変美しく、印象的な武術であるだけではなく、正反対である攻撃と防御の両方に大変効果的であるからである。また、人気の秘密は練習の豊富さにもある。練功法としては樹木などの立ち木に手を振り回し前腕部を打ち付け、主な攻撃の武器である腕を鍛え上げる、土の地面を拳で打ち拳面を鍛える等がある。また近代になってから創られた高度な理念を持つ南派武術であり太極拳などの内家拳の技法と理念を内包するとされる。
一般に長橋手(ロングレンジの手業)の拳であり、長橋大馬系に属し他派によっては短打(ショートレンジ)も多用し北派武術の二起脚、旋風脚、掃腿等の足での大技も併せ持ち、他の南拳とはかなり趣を異にしている。
歴史 [編集]
広東省南拳十三名拳の内の1つに数えられ、人気の上では他派を凌駕する。洪家拳と共に広東省の南拳を代表する拳である。 歴史として伝えられているところによれば、創始者、陳享(ちん・きょう)により清朝道光15年(1836年)に創始され、幼少より親戚である陳遠護に師事し洪家拳と佛家拳を苦学、苦練し学びんだ後、李友山に見込まれ師事し李家拳、北派少林腿法を学び全伝を極める。李の紹介により、羅浮山に篭もり蔡福禅師に師事、長年にわたり仏教と武術の修行に明け暮れた後、秘伝奥儀のことごとくを得、下山を許された後、蔡の縁人である青草和尚の紹介により弟子の張炎と共に蔡李佛拳を編み出し創始した。その名の由来は蔡福禅師の「蔡」の一字、李友山の「李」の一字、3人の師に関わる少林寺仏門への敬意を表し「佛」の一字の計三字を取って併せて「蔡李佛」と名づけたという。
開祖の理念と共に従い蔡李佛の本流は武館「鴻勝館」により東南アジアに広く伝播され、アジア諸国、欧米、アフリカ、等全世界へ影響を拡大し広まっている。
諸説・その他 [編集]
韓国において韓国人の民族性に迎合するためか特に人気があり、蔡李佛は広く伝えられているという。
歴史的に詠春拳の門人と大変仲が悪く昔より様々な対立・抗争が絶えず、その問題の根拠は昔より様々な説が取りだたされ語り継がれているがその真意は定説にいたっていない。
技術体系 [編集]
洪聖流蔡李佛拳の套路(44)
五輪馬
五輪拳
小梅花拳
小十字拳
十字扣打拳
十字截虎拳
平拳
平肘拳
工字伏虎拳
鐵箭長拳
四門橋
走生馬
左右單腿拳
外帘逼打碎手陰陽
小八卦拳
大八卦拳
梅花八卦拳
達庭八卦拳
義壯八卦拳
熊人八卦拳
鬥虎八卦拳
五形八卦拳
八卦心拳
佛掌拳
羅漢伏虎拳
白毛拳
天光拳
陰陽十八
穿龍十八式
醉八仙拳
龍形拳
虎形拳
蛇形拳
鶴形拳
豹形拳
獅形拳
象形拳
馬形拳
猿形拳
鹿形拳
蛇鶴拳
龍虎拳
五形拳
五形拳
十形拳
鴻勝流蔡李佛拳の套路(8)
太字拳
平字拳
天字拳
國字拳
大十字拳
長拳
佛掌
連環靠打拳
北勝流蔡李佛拳の套路(3)
十字拳
扣打拳
平拳
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